数寄を超え、次の世界への扉を開く。

この数年「数寄」という言葉を軸に心を整えてきた。
群れたり、媚びたりして、理解者など得ようとせずに、
ひとり遊びを極めることが、人生で最も大切なこと。

まぎるる方なく、ただひとりあるのみこそよけれ。世に従へば、心、外の塵に奪はれて惑ひやすく、人に交われば、言葉、よその聞きにしたがひて、さながら、心にあらず。…縁を離れて身を閑かにし、事にあづからずして心を安くせんこそ、しばらく楽しぶとも言ひつべけれ。」(徒然草・75段)

そしてとりわけ大切にしてきたのが「読書」。

ひとり、ともしびのもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。」(徒然草13段)

兼好法師の「徒然草」こそ人生の指針となる古典。
そう信じてきた私に訪れた、とびきりのセレンディピティ
まさに探し求めていたもの以上の偶然が舞い降りた。

人生の信念や哲学はコツコツと築くものではなく、
水のように流れながら形を変えていくものなんだ。
そんなことをしみじみと感じる今日この頃。