分かりそうで分からない。その楽しさと幸せ。

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世の中の出来事で分からないことは意外と少ないもの。
もし直感的に理解できないことに出会ったのなら、

  1. 世間の常識に囚われている
  2. 過去の経験が理解の邪魔をしている
  3. その分野の知識が足りない

といったことが混乱の原因。

私の場合は「3.」でよくつまずくから、
その分野の本を数冊読んで解決するのが必勝パターン。

でも最近、この方法がすっかり無力化されてしまう。
どうやら自分の人生にとって深い意味を持つ事象は、
どんな直感も解釈も寄せつけないみたいなんだ。

もう1ヶ月近く、なんじゃこりゃ?と考え続けている。
でも考えている時間がとても楽しかったりする。

なんとかわかりそうだけれどもわからないことが、一番楽しいんです。もう絶対無理という難題は、普通、あきらめてしまいます。でも、あと10分、20分頑張って考えればわかるんじゃないか、というところまで考えて、なおかつわからないということが楽しいんです。

---羽生善治「勝ち続ける力」

人の脳は規則性を見出して型にはめるのが好きだから、
夢や目標がないと生きていけないような錯覚に囚われる。
そんなしがらみから解き放ってくれるのが、

  • 分かりそうで分からないことに出会い、
  • それを考え続けることで変化を楽しむこと

羽生さんの言葉をもうひとつ。

幸せとは、一箇所にとどまって、これで幸せというものではなく、現在進行形で動き続けているもの、変わり続けているもの。変わり続ける中で、新しい発見があるもの。やりがいを感じることや充実感があることを見つけ続け、探し続ける、そのプロセスです。

---羽生善治「結果を出し続けるために」

やはり人生は築くものではなく、水のごとく流れゆくもの。
流れの中で偶然出会うチャンスをどう生かすかがすべてだ。

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