漆器と日本料理の美味しい歴史

料亭でご飯を食べると、お造りかお碗が2番目に登場する。
どちらも繊細な味だから献立の最初の方で、という習わし。
美味しいだしを探求する私はもちろんお碗が好き。

でも「だし」がメインの料理の名前がなぜ「お椀」?

そんな疑問を思うがままにたどったら、
漆器の歴史まで調べてしまった、という話。

英語で「japan」というと「漆器」のことを指すらしい。
古代史をたどると漆器は中国伝来のものではなく、
縄文期の垣ノ島遺跡(函館)や三内丸山遺跡(青森)から
朱塗りの土器が出土したものが世界最古のようだ。

平安時代の藤原氏で代々受け継がれた家宝「朱器台盤」。
朱塗りの食器や酒器と台盤(テーブル)で構成されていた。
当時の貴族が使う食器は身分によって決められており、

  1. 天皇は銀食器
  2. 天皇と血縁がある者および三位までの位は朱漆器
  3. 四位、五位の官位は黒漆器
  4. それ以下は土器

とされていたというから、
食器からも藤原氏の権力がうかがい知ることができる。

貴族社会が終焉し、武家社会へ変わった鎌倉時代。
禅宗で生まれた精進料理に漆器が使われるようになる。
※曹洞宗では修行僧が食事に使う漆器を「応量器」と呼ぶ。

室町時代入ると禅の影響を受けた茶道会席料理が生まれる。
この流れを受けて安土桃山時代や江戸時代の初期には、
大名の食器として金縁や蒔絵がほどこされた豪華な漆器が現れる。
でも江戸時代中期になると陶磁器が食器のメインとなっていく。

それでも「お椀」料理には漆器が使われ続けたのは、

  • 蓋を開けた瞬間に香りが一気に広がる
  • 手に馴染んで軽く、口に運びやすい
  • 食べ終わるまで温度があまり下がらない

という特徴があったからだ。
かくして漆器がなければ成り立たない一品として定着し、
「だし」料理ではなく、「お椀」料理と呼ばれて現在にいたる。
料理だけでなく器も学んで魯山人の心を学ばねば!

おまけで最後に器の光と闇について。
谷崎潤一郎が「陰翳礼讃」で羊羹への愛を語る中で、

日本料理は明るい所で白ッちゃけた器で食べてはたしかに食欲が半減する。たとえばわれわれが毎朝食べる赤味噌の汁なども、あの色を考えると、昔の薄暗い家の中で発達したものであることが分かる。ある茶会に呼ばれて味噌汁を出されたことがあったが、あのどろどろの赤土色をした汁が、おぼつかないロウソクのあかりの下で、黒うるしの椀によどんでいるのを見ると、実に深みのある、うまそうな色をしているのであった。・・・かく考えて来ると、われわれの料理が常に陰翳を基調とし、闇と云うものと切っても切れない関係にあることを知るのである。

真っ暗闇ではさすがに食べにくいけど、
月明かりで美食を楽しむなんてことができたらいいなぁ。