神仏習合/歴史・文化から見る日本のリスク感覚・4

3.11後にまとめた日本のリスク観。

ちょいと必要に迫られ、都立中央図書館に通って、
3.11に関連する書籍を片っ端から読み倒していたら、
大津波と原発なるほど!な本に出会って3年ぶりの続編。

「大津波と原発」。
3.11から3週間後にUstreamで配信された
内田樹、中沢新一、平川克美の鼎談をまとめた一冊。

内田が披露した神仏習合を背景とした、
日本の伝統的なリスク管理法が目からウロコだ。

プロジェクトの利害関係者が増えれば増えるほど、そのシステムは安定するというのは日本人のある種の経験知なんだと思う。それが日本人の「神的なもの」の対処法の基本の形をなしているんじゃないかな。荒ぶる神に遭遇すると、とりあえずそれを既知の何かにくっつけて、神的なものとちょっとだけ神的なものの合金をつくるんだよね。神仏習合がそうだけど、外来の巨大な神様を受け入れるときに、とりあえずその辺の土着神と混淆させちゃうの。なんだか分からないすさまじく恐ろしいものと、わりと訳の分かったそれほど恐ろしくないものとを混ぜちゃう。

具体例を補足するなら七福神の大黒天さま。
元をたどればヒンドゥー教の破壊神シヴァに該当し、
マハーカーラ(大いなる暗黒)とも呼ばれる神様。

こんな恐ろしい外来の神様にどう対応したかというと、
大黒(だいこく)って字を変えれば大国だよねー、
と出雲大社に祀られる大国主(オオクニヌシ)と合成。
破壊神は豊穣の象徴として食物・財福を司る神となる。

神仏習合は未知の恐ろしい神を封印するという方法知。
それが今では利害関係者をゴチャゴチャに増やすことで、
真のリスクから目をそらす方法として運用されていた…。

コメント

  1. より:

    危機管理ねぇ・・・
    人間には想定できないから、歴史を辿るしかないのかなぁ

  2. まろ@管理人 より:

    極論言うと・・・
    人はバックミラーだけを頼りに車を運転することしかできないってことかも。