20世紀が残した知性の病/田坂広志「知性を磨く」

知性を磨く著者が指摘する21世紀に克服すべき、
20世紀が残した知性に関する3つの病。

  1. 知と知の分離専門主義の病
  2. 知と行の分離分業主義の病
  3. 知と情の分離客観主義の病

とても実感があるのでメモがてら体験談をまじえて。
まずは専門主義の病

本来は、一つであるべき知の世界が、細かい専門領域に分断されてしまい、どれほど学際研究や総合的アプローチという言葉を掲げてみても、専門意識の垣根に阻まれ、互いの対話と協働が進まないという病。

今日、社会で一人前の人間になるということは、
何か一つの領域で専門家として成熟することとされる。
でもその一方で失われがちな大局観。

専門性を越境し、再編集できる力が21世紀には必要で、
かつてジョブズが「iPad」発表の際に語った、
テクノロジーとリベラルアーツ(教養)の交差点
に立つことへのこだわり、というのがヒントになりそうだ。

もっと身近な例では企業の部署ごとの垣根。
大きな組織で働いたことのない私にはヘンテコすぎて…。
IR部とCSR部の仲が悪いから統合報告どう作りましょう?
みたいな笑えないほどヤバイ話が最近よくあるよ。

2つ目は分業主義の病

理論を担う人間と実践を担う人間が分業してしまうという病。

私は一時期、大学院に在籍したことがあった。
当時、投資経験10年の私から見た学問としての投資は、
数学を駆使して過去を必死に説明しているだけだった。
この分野において理論と実践の溝の深さは相当なもの。

3つ目は客観主義の病

企業や市場、社会や歴史についての理論を客観的な視点で語る人間が、その企業や市場、社会や歴史の現場に焼いて、かけがえのない人生を背負い、喜怒哀楽のみずみずしい感情を持って生きる生身の人間がいることを忘れてしまうという病。

たとえば経済学者アダム・スミスの肩書き。
Wikipediaでは経済学者、神学者、哲学者と紹介される。
自由主義経済学の祖という面ばかりが注目されるが、
他者への共感を土台にした競争が秩序と繁栄をもたらす、
という哲学や倫理との掛け合わせがスミスの主張だった。

専門主義の病が蔓延したことで、
いつしか経済学の部分だけが切り出され、
20世紀には数学的な美しさのみを追い求めて暴走する。

私の認識ではすべての学問は数学と哲学に収束する。
世界を読み解くための「ことば」が数学で「こころ」が哲学。
そして両社のバランスが崩れた先に私たちが出会ったのが、
サブプライムローン問題に端を発した金融危機だった。