古今和歌集・よみ人しらずの恋歌

詩の歴史上、他国にはない日本の和歌の特徴は、

  1. 時代の権力者やその栄華を讃えた歌がほとんどない
  2. わずか31文字に、ありったけの想いを込める
  3. 恋歌の多さが尋常ではなく、僧侶までが恋を歌う

があげられ、とりわけ3つ目の「恋愛」崇拝は目を引く。
古今和歌集」の恋の部には、作者不明の名歌が多くある。
長い年月、歌い継がれ、記憶され続けてきた想いの集積だ。

ほととぎす 鳴くや五月の あやめぐさ
あやめも知らぬ 恋もするかな

古今集の恋歌の巻頭を飾る歌は、
「あやめも知らぬ(理性を失った)」と五月の花「あやめ」をかけ、
理屈ではどうにもならない恋の本質を韻律豊かに歌っている。

流れては 妹背の山の 中に落つる
吉野の河の よしや世の中

そして恋の部の末尾はこの歌。
吉野川のように男女の思いは行き違い、融け合うのは難しい。
まぁしょせん世の中こんなものだよね、と決着をつけた和歌。
日本の古典ってこうした編集のうまさにも学ぶところが多い。

夕暮れは 雲のはたてに ものぞ思ふ
天つ空なる 人をこふとて

私がとくに好きな歌はこれ。情景が思い浮かぶようだ。
夕暮れ時に雲の果てに想いをはせる。
遠い空のように届かないあの人のことを恋しく思って…

遣隋使、遣唐使と決死の船旅と中国に学ぼうとする一方で、
儒教文化から見れば格式の低い恋愛詩に耽溺する矛盾。
これって日本の成り立ちを読み解く上でかなり重要だと思う。
まだよく分からないけど、浦島太郎の変遷から考えると、
もともと日本は女性中心社会だったことが関係してるのかな。