万葉集、ツクヨミ(月読)の和歌

古事記では黄泉の国から逃げ帰ったイザナギノカミが、
川で禊をした際に3人の子供が生まれる場面が描かれる。

  • アマテラスオオミカミ(天照大神)
  • ツクヨミノミコト月読命
  • スサノオノミコト(須佐ノ男命)

この後、月の神であるツクヨミの話はまったく出てこない。
日本文化を貫く、月への熱き想いと比べてこの扱いは…?
でも神話で省かれたツクヨミはなぜか「万葉集」に登場する。

天にます 月読壮子 賄はせむ 今夜の長さ 五百夜継ぎこそ

今宵の500夜分の長さにして!とツクヨミに願いかける。
男女の逢瀬か、単純に月の美しさゆえか、そんな一首。

海原の 道遠みかも 月読の 光少なき 夜は更けにつつ

古来、月は海を渡ってやってくると考えられていたようで、
夜を支配するツクヨミと海を支配するスサノオがここで出会う。
もしかしてツクヨミとスサノオは同一人物?なんて思ったり。

天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも
月夜見の 持てる変若水 い取り来て
君にまつりて 変若えしむのを

変若水(をちみず)は若返りの水のこと。
「月・水・不死」の組み合わせはインド神話「ソーマ」が源流か?
ツクヨミが変若水を持っている、という感覚は、

ひさかたの 天照る月は 神代にか 出で反るらむ 年は経につつ

過ぎた年月が戻ることはないけれど、
月はいつでも神代の昔と同じく夜空を照らしている。
こんな月への「永遠」の想いが「不死」に結びついたのだろう。

※今日紹介した万葉集の歌番号…順に985、1075、3245、1080