市中の山居

隠遁」や「数寄」に思いをめぐらす日々。
今後の生き方を白楽天に求めたこともあった。

でも、もっと気が合う感覚と出会った。
16世紀の初め、京都や堺の商人が茶の湯をたしなむ中で、
市中の山居」という精神を大切にしていたという。

都市の喧騒のまっただなかにいながらにして、
数寄屋造りの茶室を組み、隠遁の閑居を見出す。

それが世俗を捨て山里に入った隠者よりも優れている。
当時の町人はそんな美意識を持っていたのだ。

数年前、茶道教室に通っていた時期があった。
なんでこんなにも格式張っているのかな?
美味しくお茶が飲めればそれでいいんじゃない?
というのが疑問だった。
「市中の山居」を実現するための非日常の演出だったのか。。。

※参考図書…村井康彦「千利休」

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