生きている時間

「時は流れる」と言う。
でも水のように流れているところを見た人はいない。

「現在」から「過去」を振り返り、「未来」を思い描く。
こういうかたちでは、たしかに前後(過去・未来)がある。
でも「過去→現在→未来」と連続しているように思えない。

投資理論の世界では時間と価格の連続性が命。
連続性の仮定がなければマーコビッツやシャープも形無しだ。
うまく表現できないけど、この分野での時間は「死んでいる」。
時間の「奥行き」を無視して、一次元で輪切りにしているから。

アインシュタインの相対性理論によって物理学では、
「時間」と「空間」は別れることのない「時空」となった。
また時間の流れは誰が見ても同じ「絶対的」なものではなく、 
見る人によって「相対的」に変わることが示された。
「厚み」を持った時間が生き生きとしているように見える。

少し難しくなったので、実感のある話に戻そう。
人の心を通すと時は早くなったり遅くなったりと伸び縮みする。
きっと人の心が時間に「奥行き」を持たせるからだ。
何かに夢中になって時の「厚み」が増すと、時は「速く」進む
このことを計算式で表すと、

  • 時計が刻む時間=時間の奥行き×時間の速度

になるだろうか。
そして厚みある充実した時間にだけ生きている実感がある

ふりかえればここ2年くらい、私の時間はペラペラだな。。。
想起」というかたちで過去を振り返ってしまうとこんなものかな。
でも過ぎ去った時間を後悔していない人なんていないもの。
だってそれは私たちが生きることへの愛の証だから

生きている時間。
求めているときに出会えず、求めてないときに不意に出会う
また会いたいと願ううちは、私の時間はよみがえらないのだろう。