ロジェ・カイヨワの「遊び」の定義

フリードリッヒ・フォン・シラーがこんな言葉を遺したんだとか。

人間は文字通り人間であるときだけ遊んでいるのであって、遊んでいるところでだけ真の人間なのだ。

時間を忘れて何かに夢中になってしまう…
時の流れを逸脱したときにだけ、生きている実感がある
そしてそこには必ず「遊び」がある。

今週はめずらしくバタバタで「遊び心」を忘れちゃった。
こんな人生はイヤだ!と反省の意味をこめて、
ロジェ・カイヨワの「遊びの定義」を眺めてみた。

  1. 強制のない自由な活動
  2. 決められた空間と時間により制限を受ける活動
  3. この先の展開や結果が分からない活動
  4. 財産や富を生まない非生産的な活動
  5. 約束事のある活動
  6. 日常と対比して、非現実的な活動

そういえば幸いこのブログは「1,3,4」を満たしていそう。
該当する項目が少ない活動は人生の無駄遣いかもしれない。
人生は遊びの中にあり、遊ばれてこその人生なのだから。

コメント

  1. 赤大将 より:

    遅ればせながらあけましておめでとうございます。
    遊びは非生産的で実用性が高いわけでもなく、一般には
    無駄という部類になるんでしょうが、
    「無駄こそ最高の贅沢!」
    という言葉がありまして(いや、改変したかもしれませんが)
    それが大好きな人間でございます。
    生産性だの実用性だのの制約を受けない、思うが侭に楽しむこと
    そんなの最高ではありませんか!

  2. まろ@管理人 より:

    社会や経済、企業経営なども「遊び」の部分を残さないと、新しいものを生み出したり、危機への対応などができなくなっちゃう。
    でもそんな大きな話はほっといて自らの人生を遊びたいものです。
    ちょうど今年が前々から宣言していた引退の年なので、あらゆる制約を断ち切る一年にしたいなぁと。
    今年もよろしくお願いします。