梁塵秘抄の変遷/音読社会から黙読社会へ

今年の大河ドラマ、平清盛はあまり人気がなかったようだね。
いまだ「平家物語」の封印が解けず…敗者の歴史はそんなものか。
さて大河のメインテーマに織り込まれた歌から話を少し広げてみる。

遊びをせんとや生れけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さへこそゆるがるれ

後白河院が「梁塵秘抄」に編んだ中世の歌「今様」の1つ。
今様とは今で言うところの「ポップス」や「流行歌」のことだ。
そして梁塵秘抄という名をそのまま現代語に意訳するならば、
妙なる歌の響きで梁(はり)の上に積もる塵(ちり)さえも動く…。

それほどまでに心を揺さぶる歌だったにも関わらず、
その音楽感覚は時の流れとともに忘れ去られてしまう。
梁塵秘抄が編まれてから約150年後の「徒然草」では、

梁塵秘抄の郢曲の言葉こそ、また、あはれなる事は多かめれ。昔の人は、ただいかに言ひ捨てたる言種も、皆、いみじく聞ゆるにや。」(14段)

梁塵秘抄の音楽ではなく「言葉」への感心が描かれており、
古典を愛する兼好法師にも今様の旋律は聞こえていなかった。
この背景には音読社会から黙読社会への転換があるのかも。
だとするとグーテンベルクが転換点の西洋よりもかなり早い。

※参考文献…西郷信綱「梁塵秘抄」