盗難で一変した「モナ・リザ」の評価

レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作「モナ・リザ」。
この絵が名画と呼ばれるようになったのは20世紀に入ってから。
ある事件が起きるまで、ルーブル美術館が所蔵する絵画の中では、
ラファエロやティツィアーノの方が評価が高かったという。
評価が一変するきっかけは、1911年8月に起きた盗難事件。

アルゼンチン人詐欺師エドゥアルド・デ・バルティエルノに雇われた、
ヴィンチェンツォ・ペルッジャをはじめとするイタリア人3名による犯行。
犯行成功を見届けたバルティエルノは世界各地で贋作を売りさばき、
本物を保管していたペルッジャは1913年12月に逮捕された。

当時モーリス・ルブランの「怪盗ルパン」が人気だったフランスでは、
ルーブル美術館の警備をかいくぐった大胆な犯行に心を奪われ、
イタリアでは「フランスに略奪されたモナ・リザを故郷に取り戻すため!」
との犯行動機を法廷で主張したペルッジャは英雄扱いされた。
ちなみに容疑者としてパブロフ・ピカソが逮捕されたことも有名。

この事件により世界に知られることとなった「モナ・リザ」は、
多数の広告や風刺画に使われ、人々の意識へ浸透していった。
そしてこの有名になった「モナ・リザ」に美術専門家たちが、
「なぜこの絵画が素晴らしいのか?」という後付け解釈を加え、
今では西洋美術史を語る上で外せない名画となっている。

つまり「モナ・リザ」は絵画そのものの素晴らしさではなく、
絵に備わった歴史上の偶然により名画の地位を獲得したってこと。

常識は偶然の寄せ集めにすぎない。


夏目漱石は「永日小品」(1909)でモナ・リザを「気味の悪い顔」と評した。

参考文献
セイモア・V. ライト「モナ・リザが盗まれた日」
ダンカン・ワッツ「偶然の科学」P62-67