富の分配からリスクの分配へ

リスクを分散・分配することで本質的な危険から目をそらす。
これにより社会と人間のあいだに君臨している偶然を排除する。
これが20世紀後半に築かれたリスク管理社会の幻想だった。

ウルリッヒ・ベックによれば、19世紀までの政府というのは富の分配というのが一番重要な仕事だったけれども、20世紀後半にはリスクの分配ということが政府の非常に重要な仕事になってきている。
「数学者の哲学+哲学者の数学」P315

国家運営に初めて統計を持ち込んだのはナポレオンだったが、
それはいつからか貫禄をつけるための衣装にすり替わっていた。

たとえば経済理論は統計学により科学的性格を帯びるようになった。
その裏側では、統計学的な意志決定の精度を高めるために、
「経済的合理人」という画一的な行動をとる人間が必要とされた。
でもそのモデルはよく考えると、社会主義経済下の人間なのでは?

技術的知識という現代的意味での知識と思考とが、真実、永遠に分離してしまうなら、私たちは機械の奴隷というよりはむしろ技術的知識の救いがたい奴隷となるだろう。
ハンナ・アレント「人間の条件」P13

数学的な美しさを信じすぎて、見えない何かに翻弄されている。
ハンナ・アレントは「思考欠如」が現代社会の特徴だとも指摘する。
人間と社会の真のリスクとはいったい何なのか?
ここを考え直さなければ、時代が先に進まないような気がしている。