合理性の上に成り立つ文明は虚構/木村敏「異常の構造」

リーマンショックや3.11後の原発事故を目の当たりにして、
科学的な合理性とは一体何なのか? 信用に値するものなのか?
と疑問に思い悩み、さまざまな本を読みあさった時期があった。

読書を通じて私の中では一応の結論が出ている。
今日と同じように明日も東の空から太陽が昇るといった
再現性の極めて高い事象に対しては科学的合理性は有効と言える。

しかし再現性のない稀な事象に対してはなすすべがない。
そしてこうした再現性の低い偶然が未来を一変させる力を持っている。
イメージを統計学で用いられる正規分布に書き込むとこうだ。

ただこのような話は木村敏異常の構造(1973)で語られており、
以下の一節は1986年の東京大学の入試問題にも取り上げられたらしい。
つまり過去問を解いた人々の頭には、とっくに入っている話なのだ。

大いなる偶然性・非合理性こそは自然の真相であり、その本性である。それが人間の眼に見せている規則性や合理性は単なる表面的な仮構にすぎない。真の自然とはどこまでも奥深いものである。自然の真の秘密は私たちの頭脳でははかり知ることができない。そのような自然を人間は科学の手によって支配しようと企てたのである。そして、自然の上に合理性の網の日をはりめぐらせて、一応の安心惑を抱いて、その上に文明という虚構を築きあげたのである。」P15

ふと気がついたことがある。
無知ゆえに極端な遠回りをしていることが多い気がするのは、
大学受験の勉強をちゃんとしなかったからではないだろうか?